園長のお話し

「ありがとう」の心

 

 - 井石 彰

年長さんたちが春に幼稚園の畑に植えた枝豆が、順調に育ってたくさんの実をつけました。2学期に入ると早速、園児全員で収穫をしました。子どもたちは自分で摘み取った枝豆を袋に入れて家に持ち帰りました。一部の子どもたちは幼稚園で茹でた枝豆をおやつの時間に食べました。とりたての枝豆はとても甘くておいしく、子どもたちは大喜びでした。かおり幼稚園ではその収穫の恵みを神さまに感謝して、子どもたちと収穫感謝礼拝を行いました。
 この収穫感謝礼拝は、アメリカのキリスト教会から日本に伝わったものです。1620年にイギリスのキリスト者たちが、自由を求めて新天地の北米に帆船で渡りました。そして、その地を耕して作物を植えましたが、収穫はありませんでした。しかも、その年の冬はとても厳しくて、たくさんの死者が出ました。翌年、人々は先住民の人たちからトウモロコシなどの作物の栽培方法を学んで、作物を植えました。すると、その秋にはたくさんの収穫を得ることができたのです。人々は、どんなにうれしかったことでしょう。そこには、「神さま、ありがとう」という思いがあふれていました。そこで、人々は収穫の恵みを神さまに感謝し、先住民の人たちを招待して共に食事をしました。それが、収穫感謝礼拝の始まりだと言われています。
 かおり幼稚園では、収穫感謝にかぎらず「ありがとう」と感謝する心を大切にしたいと思っています。では、その「ありがとう」の心は、どのようにして育つのでしょうか。子どもたちに「ありがとう」と言うことを礼儀としてしつけようとしても、それは心からの「ありがとう」とはなりません。子どもたちはうれしいことを経験することで、「ありがとう」の心が育つのです。子どもたちがうれしいこと、それはまわりの人が自分の心をしっかりと受けとめてくれて、優しく対応してくれることです。そのようにまわりの人にいっぱい助けられ、支えられ、守られることによって、「ありがとう」の心が育っていくのです。そして、いつの間にか自然に、心を込めて「ありがとう」と言えるようになるのです。その「ありがとう」のひと言に、子どもの心の成長を感じることができるのです。

「昆虫と子どもたち」

 

 - 井石 彰

この夏、ご家族で山や海などに行かれた方も多いのではないでしょうか。自然の中で遊ぶのが大好きな子どもにとっては、とても楽しい思い出になったことと思います。
 私も休み中、道南の山奥にある温泉に行ってきました。そこは、まるでセミの楽園のようで、木々にたくさんのセミがとまって、ミィーンミィーンと大合唱をしていました。それは、久しぶりに聞くセミの声でした。そのときに、「幼稚園の子どもたちにも聞かせたいなあ。きっと大喜びで、セミとりに夢中になるだろうなあ」と思いました。
 幼稚園の園庭でも、子どもたちはよく虫取りをして遊んでいます。春にはチョウチョを、秋にはトンボを捕まえようと、網を持ってかけ回っています。またスコップで地面を掘って、わらじ虫など土の中にいる虫を探していることもあります。子どもたちはそのようにして色んな虫と親しくなり、その不思議な生き物に興味を持ち始めます。
 幼稚園の廊下の壁の一角に、子どもたちが公園で捕まえてきた大きな青虫の成長の観察記録が貼ってあります。それによると、子どもたちは捕まえてきた青虫を昆虫図鑑で調べてみました。すると、その青虫は蝶ではなく蛾の幼虫であることがわかりました。それでも、子どもたちはその青虫を育てることにしました。育てるためには、その青虫が食べる葉っぱを与えつづけなければなりません。そこで、子どもたちは葉っぱをとってきては、青虫に与えつづけました。しばらくすると、青虫は茶色く変身をし始め、糸を吐き、8月初めにさなぎになりました。現在のところ、観察記録はそこまでです。今後、さなぎを破っていつ蛾が出てくるか、楽しみです。子どもたちは日ごとに変化していくこの青虫の飼育と観察をとおして、いのちの神秘、尊さ、そして責任というものを学んでいるのではないでしょうか。それは、言葉だけで「いのちの尊さ」を説くよりもはるかに意味のあることのように思われます。

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