園長のお話し

「希望を持って生きる」

 

 - 井石 彰

コロナの感染が再び拡大する中で、三学期が始まりました。子どもたちにとっては、進級や卒園に向かって進む大切な時期です。幼稚園での日々の保育と生活が守られることを祈りつつ、また一つ成長してゆく子どもたちの姿を楽しみに見守っていきたいと思います。
思えば、私たちの生きている現実は、この先どうなるかわからないという不透明なことがたくさんあります。そのためにたえず不安が起こってきます。その中で、私たちは不安を克服するために、何とか希望を見いだそうとします。希望とは私たちにとって空気の中に含まれている酸素のようなものです。酸素がないと人は生きられません。それと同じように、希望がなければ人は生きてゆくことができません。では、その希望はどこにあるのでしょうか。希望と似た言葉に願望がありますが、どこが違うのでしょうか。願望は自分の願いや望みを意味しています。その願望は実現することもあれば、失望に終わることもあります。では、希望はどうでしょうか。ある神学者は聖書をもとにこのように語っています。「希望とは苦しみを共にする交わりの中に、またパンを共に分け合うことの中にある」と。ただ自分の幸せだけを願い求めるところには願望はあっても希望はありません。苦しみの中にある人たちと苦しみを共にする交わりの中に、食べ物のない人たちとパンを共に分け合うことの中に希望があるというのです。すなわち、希望は愛のあるところにあるのです。
では、その愛はどこにあるのでしょう。それは、何よりも神さまにあります。神さまはイエス・キリストをとおして、どこまでも私たちと共にあって私たちを助けて下さる方として、その愛をあらわして下さいました。かおり幼稚園ではその神さまの愛のもとで、愛されている喜びと愛する喜びを味わうことをとおして、子どもたちの心の中に愛が豊かに育つことを願ってきました。その愛こそが色々な不安に打ち勝ち、忍耐し、前向きに生きてゆく希望の源と信じるからです。不透明なことが多い中で、不安もいっぱいです。愛を信じ、希望を持って進んで行きたいと思います。

「クリスマスの喜びの中で新しい年を」

 

 - 井石 彰

 今年も間もなく一年が終ろうとしています。新型コロナウィルスは変異を繰り返しながら今もなお力をふるい続けています。しかし、そのコロナ禍でも、子どもたちは神様のお恵みのもとで日々逞しく成長してきました。そのことを心から神様に感謝をしたいと思います。
 日本ではクリスマスが終ると、一斉にクリスマス飾りを取り外して、正月の飾り付けが行われます。しかし、かおり幼稚園では毎年、クリスマス飾りのままに正月を迎えることにしています。保護者の皆さんの中には、正月になってもクリスマス飾りがあるのを見て、異様に感じられた方もおられるかも知れません。しかし、キリスト教では一月六日の「公現日」と呼ばれる日までクリスマス飾りをしておくことが慣習となっています。そこには、クリスマスの喜びの中で新しい年を迎えたいという思いが込められています。
 クリスマスの喜び、それは神様が救い主イエス様を通して私たちに、「あなたはひとりじゃないよ」、「わたしがあなたと共にいるよ」と告げてくださっていることです。それが、クリスマスの喜びのメッセージです。神様が共にいてくださると思うと、元気が出てきます。困難なことにも立ち向かってゆく勇気が沸き起こってきます。どのような時にも、どのような中であっても、神様が私と共にいてくださる、そのクリスマスの喜びの中でこそ、希望をもって新しい年をむかえることができるのです。
 新型コロナの他にも、ロシアによるウクライナ侵攻による世界的な緊張と対立の高まり、物価の上昇によるわたしたちの生活への影響などの不安があります。また、子育てにおいてもいろいろな不安が起こってきます。わたしたちにとって新しい年も不安の種は尽きません。しかし、救い主イエス様により、神様が共にいてくださることを信じることで、それらの不安を希望に変えながら、新しい年を歩んでいきたいと思います。新しい年も、子どもたちと保護者の皆さん、教職員の上に、神様の恵みと祝福が豊かにありますように。